2012年3月31日土曜日

「生き方」の値段

 世の中のありとあらゆるものに値札がついている。町で売っている服や食べ物はもちろん、結婚、健康、信仰、人の命まで、ありとあらゆるものに値段がある。それに対して意識的あるいは無意識に人々が行動を選択し、それが総体となって社会を形作っていく。アメリカの不法移民であれ、中国の男女の数の不均衡であれ、ユダヤ教の割礼であれ、驚くほど多くの社会現象が損得勘定で説明できてしまう。

たとえば、先進国ではゴミはゴミでしかない。ゴミには価値がないどころか、ときにはお金を払ってでも処分する。だが、貧困国ではゴミは資源になる。ゴミの山に埋もれているペットボトルを拾えばわずかばかりのカネになる。ニューヨークのホワイトカラーでも同じようにペットボトルを拾ってスーパーマーケットに持っていけば5セント稼げるが、そんなことをする人はない。一方、インドに行けば、ゴミ拾いする少女などいくらでもいる。違いはニューヨーカーは物質的に恵まれた生活をしているのに対し、インドの少女は今日食べるものにも困っているという点だ。境遇の違いが、行動の違いを生み出している。そういうわけで、貧困国にはゴミ拾いをする子供がたくさんいるのだ。

もっともあらゆる社会現象や文化、風習がすべて費用と便益で決まっているわけではない。逆に、文化的慣習が影響を及ぼして価格を歪めることもある。フランスでは馬肉は1キロ30ユーロで買えるが、アメリカでは馬肉を売ること自体法律で禁止されている。

それにしても、費用と便益の関係が社会のすみずみにまでいかに影響を及ぼしているかに驚かされる。これまで文化や風習、常識、道徳だと思っていたものが、じつはその成り立ちが損得勘定でかなりの部分が説明できてしまう。昔、中島らもが鬱病の症状を薬で緩和できることついて、文学とか芸術を生み出してきた人間の精神がこんなもんでコントロールできちゃっていいのかみたいなことを言っていたが、この本を読むと社会や文化がカネにこんなに影響されちゃうものなのかと思う。経済学者を齧った人にとっては当たり前の話なのかもしれないが、経済学ド素人にとってはすごくおもしろい本。

2012年3月20日火曜日

有吉佐和子の中国レポート


『有吉佐和子の中国レポート』は文化大革命収束直後、1978年の中国滞在記である。北京、大連、広州、蘇州、上海を訪れて著名な作家や政治家に面会する一方、農村にまで足を運び、農民の暮らしぶりの一端を伝えている(農村の人民公社で三同生活(*1)をするのが訪中の目的だった)。

もちろん中国政府によって周到に用意されたルートをたどり、お付きの通訳もぴったり寄り添っているわけだが、そんな中でも押しが強く、直情径行の著者はなんとか無理を通し、本来行けないところに行き、会えないはずの人に会っているのがすごいところだ。文化大革命の期間、中国はほぼ鎖国状態だったため日本人の手によるこの時期の記録は少ないが、その中でこの本は数少ない例外だろう。

本書を読むと、5度目の中国訪問で著者が会う旧友の作家や政治家たちのほとんどが最近「出てきた」人たちばかりであることに驚かされる。ただそれは知識としてある程度知っているからまだ理解できる。それよりも当時の中国の生活水準の低さは想像以上で、むしろこっちのほうがびっくりする。

「都会人の月給が平均して五十元(日本円の七千円前後)。それで充分生活していけるのだから話にならない。」

78年当時でこのくらいである。日本では翌年に初代ウォークマンが定価3万3千円で発売され、中高生でもけっこう持っているのがいたが(ぼくも中学2年のときウォークマンIIを買った)、中国では平均月給の数ヶ月分に相当する。この頃の中国では、腕時計、自転車、ミシンが三種の神器(中国語では三大件と言う)だったらしいが、日本では腕時計なんか小学生でも持っていた。

このほかにも西舗という農村に行ったときに、著者は次のような会話をしている。

「お茶を飲む習慣は、西舗には昔からありましたか」
「自由に飲めるようになったのは七十年代からですよ。私は飲みません。お客があるときに出すだけです。昔は地主だけの飲み物でした」

とはいえ、次の文章を読むと、それでも戦後の中国は戦前に比べればはるかにマシということがわかる。

 五十年前には、私は生まれていなかったけれど、私の家族は数年上海に暮らしていた。1961年に、私が初めて中国に出かけることになったとき、私の母が私にこういう注意をしたのを思い出す。
「佐和子ねえ、あなたは気持ち悪がりだから、上海の朝は勢よく窓を開けないようにしなさいね。窓の隙間から外をそっと見て、道が綺麗になっているのを見定めてから開けなさいよ」
 私は、なんのことかよく分からなかった。旅行から帰って、朝早く窓を開けても別にどうということもなかったけど、あれはどういう意味かと訊くと、母はじっと考えていて、
「そう、何もなかったの? やっぱり革命をしたのね、あの国は」
と感嘆している。
「気味悪いって、何のことなの?」
「昔はねえ、行倒れが多くてねえ、道でごろごろ死んでいたのよ。乞食が多かったし、そうのは大概病人だっただから」
「そんな行倒れだなんて、今の中国にはありませんよ」
「五十年前のことですものねえ。貧しい人たちが多かったのよ。やっぱり革命があったんだわねえ。私には想像もできないけど」
 この話をすると、北京に住んでいたという人たちも身をのり出してくる。
「そうですよ、北京だって、朝は片付くまで外に出られなかったものです。冬は凍死体があちらにもこちらにもごろごろしていましたからね。苦力などという連中は、喰うや喰わずの暮らしでしたから、日本の貧乏人とは較べものにもならないですよ」

旅大市(*2)近郊の人民公社、営城子人民公社の后牧生産大隊を訪問したときは、次のような説明を受けている。

「・・・この地方も解放前はひどいところだったのです。耕地面積は今と同じですが、旱魃にあうとバタバタと人が死にました。解放前の戸数は280戸。360人が小作人として地主に搾取されて貧しい暮らしをしていました。乞食が200人もいたのです。冬になると、そういう人たちが凍死していました。解放前3年分の統計があります」

このくだりはさらに次のように続く。

 戦前の中国を知っている人たちに、
「とにかく乞食がいませんよ」
と言うと、
「えッ、本当ですか。蠅がいなくなったってよく聞くけど、乞食がいなくなったなんて、ちょっと信じられないですねえ」
と首を捻る日本人が多い。私は解放後の中国しか知らないものだから、こういう人と出会うと、その人の見た中国について一生懸命聞くことにしている。
「今はもう私たちでさえ、昔のことが信じられません」
と中国の人たちも、よく言う。

こうしてみると、とにかく食べていくというだけでも大変だったというのがわかる。いわゆる一人っ子政策も、とにかく人民全員に食わせるということが、普通の日本人が考える以上に、というか想像もできないほど切実な目標だったのだろう。

本書はもちろんこうしたことばかり書いているわけではなく、いくつもの人民公社の訪問記や、思想改造のために監督労働している元富農へのインタビュー、農薬について講演することになった話、図らずも郭沫若死亡をスクープしてしまったエピソードなど、ただの旅行記にはとどまらない魅力がある。とうに絶版になっているみたいだが、アマゾンなら古本が安く買えるし、図書館にもたぶんあると思うので、興味がある人は読んでみると良いだろう。

*1 三同生活
 農民と寝食と労働を共にする生活。同吃、同住、同劳动(同じものを食べ、同じ屋根の下に眠り、同じ仕事をする)。

*2 旅大市
 当時は旅順と大連が合併して旅大市になっていた。ぼくが小学生の頃、社会科の地図帳では「旅大(大連)」のように書かれていた。

2012年3月18日日曜日

日経平均は死んだ




日本経済は落ち目でもうダメだと思っていたのだが、この本を読んでそうでもないかもしれないと思うようになった。

過去20年間、日経平均はまったく振るわなかったが(4万円弱くらいから1万円前後まで約4分の1に落ちた)、著者によると、その一方で成長企業もたくさんあると言う。たとえば、2000年以降に株価が5倍になった株は783銘柄、10倍になった株は278銘柄もあるらしい。

2001年9月末の日経平均は9775円、10年後の2011年9月末は8700円で、約1000円下がっている。ところが全上場企業のうち株価が上がった企業の割合を見てみると57%もある。どういうことかというと、2001年時点で時価総額3000億円以上の大型株のうち上がったのが44%しかないが3000億円未満の中小株は58%が上昇しており、要するに日経平均を構成するような大企業が振るわず、そうでない企業が価値を上げているということらしい。

上場企業の多くは長引く景気低迷のもとで身を削るようにして製品やサービスのクオリティを上げ、強い企業体質になっている一方、旧態依然たる古い体質の大企業も残っている。日経平均やTOPIXに連動した投信やETFを買うということは、成長する新興企業を顧みず劣化した大企業に投資することと同じであり、パフォーマンスが期待できないだけでなく、そもそも社会的にも損失だということだ。

言われてみればそのとおりで、古い大企業がダメというのは日々感じていたのだが、それを日経平均と結びつけて考えたことはなかった。今や劣化した大企業の指数と化したインデックスファンドを買うのは確かに考えものかもしれない。

しかしこの本にも書いてあるが、最近つくづく感じるのは、ここ20年で経済は見かけ上は低迷していたが、生活は本当に便利で安くなったということ。昔はスーパーの安物まるだしの服でも2、3千円したし、マズい食い物屋とかも普通にあったが、最近はそういう店が本当になくなった。値段が安くても品質はしっかりしているし、100円ショップなんかでも何が買えないのかわからないほど何でもある。時給800円で1日(8時間)バイトすれば、帰り道にDVD再生機を5000円で買い、残りのお金でポップコーンとスタバのコーヒーを買い、レンタルビデオを借りて家でゆっくり映画が見れる。給料が増えないし、物価もゆっくり下がってきたので見過ごされているが、実際には本当にゆたかになっているのだ。日本もまだ捨てたものでないのかもしれない(少なくとも一部は)。

2012年3月11日日曜日

震災1年

新聞を開いてみると、案の定お約束どおりの震災記事ばかり。立場上やらざるを得ないのだろうが、見なくても中身がわかってるニュースって何の意味があるんだろう。

このところ仙台の街中はどこも大繁盛だ。週末の昼どきに食事に出かけると、レストランはどこも行列だらけ。聞くところによると、駅近くの店は軒並み過去最高の売り上げらしい。復興バブルでホテルは出張客で満員、国分町の飲み屋も人であふれ返り、高級外車やイタリア製の高級鞄が売れているとウォールストリートジャーナルにまで書かれている (記事はこちら)。復興という名目がつけば国の予算がつくので、あちこちで便乗プロジェクトが立ち上がっているような話も聞く。

うちもそうだが、仙台市内でも大した被害を受けなかったところも多い。今回一番の被害をもたらしたのは津波だが、当たり前のことだが津波が来ないところには津波の被害はない。もちろん港が使えなくなって物流が止まるとか、間接的な被害はあるが、直接的には何もない。津波以外では、局所的に地盤が弱いところで家が傾いたり損壊したところがあったが、そうでもなければ家財道具が壊れた程度の被害しかなかったところが大半だろう。復興支援も結構だが、本当に支援が必要な人や事業だけを支援すればいい。下手にバラマキをやると結局政治力の強いところにカネが流れ、逆に必要なところにお金が行かなくなる。

報道によると、土木や建設は人手不足なのになかなか人が集まらず、一方で失業率は高止まりしているらしい。わざわざ大変な仕事をするより手厚い失業保険で暮らしているほうがいいという。それに求人のある仕事の多くは一過性のもので、復興景気が終わればその先はなく、昇進とかスキルアップとは無縁だ。となれば、あせってそんな仕事に就くよりも、先の見通しのある仕事をじっくり探すほういいとなるのも無理はない。しかし地元周辺の失業者さえ呼び込めない復興って何なんだろう。

これは人口流出や過疎化に悩む地方都市なども同じで、いろんなイベントや宣伝をしたり、ハード面を整備したりするのも結構だが、そもそも自分たちの子供が東京などの大都市でサラリーマンしていて戻ってくる気がないから寂れているのだ。自分の身内でさえ逃げ出していくようなところに、よそから人を呼び込むなんてどだい無理な話だろう。よほど方向性が見えているのならともかく、そんなところに自治体がカネを出してもうまくいくとは到底思えない。

上の写真は去年の3月11日、地震後に2時間ほど歩いて家に帰ってきた直後に撮った写真。本棚が崩れて廊下が通れなくなっている。家の中はこんな感じでぐちゃぐちゃだったし、電気・ガス・水道すべて止まり、地下鉄も不通、ガソリン不足で車も使えず、1週間ほどは食べ物を確保するのも大変な状況だった。それでも電気は数日で復旧し、その他も数週間〜3ヶ月くらいでほぼすべて使えるようになり、家も片付けてみれば被害は壊れた家財道具と家電品程度。会社は休日扱いで休めたので、給料も変わらなかった。仕事は遅れたが、「震災で」と言うとそれならしょうがない、ということで問題なし。逆に電気もガスもなく、どこにも行けずに家族全員朝から晩まで顔をつき合わせて暮らした数日間が、今となってはすごく貴重な時間に思える。よほどのことがない限り2度とそんな機会はないだろう。

2012年3月4日日曜日

オットー・ビュヒナーのブランデンブルグ協奏曲


 学生の頃、仙台の一番町に「ウィーン」というクラシック喫茶があってよく通ったものだ。お目当てはLD (レーザーディスク) かVHDで上映される音楽映像だった。今でこそDVDの音楽ソフトが1,000円くらいから買えるようになり、DVD再生ソフトもわずか数千円、YouTubeだったらタダで動画が見られるようになったが、当時はそんな安くて便利なものはなかった。懐の寂しい学生にとっては、「ウィーン」のようなクラシック喫茶で見られる音楽映像はすごくありがたいものだった。ただバレエ「ジゼル」とか、僕にはあまり興味がない演目も多く、そんなときはあきらめて店を出るか、ブレンドコーヒーを飲みながら本でも読んで時間をつぶしたものだった。

その当時、一番気に入ってた演目の1つがカール・リヒター指揮、ミュンヘン・バッハ管弦楽団のブランデンブルグ協奏曲だった。曲もさることながら、ヴァイオリンのオットー・ビュヒナーのなめらかで端正なボーイングは何度見ても飽きなかったものだ。まるで機会仕掛けの人形のようで、正確で几帳面なドイツ人の権化のようだった。このリヒターの、というか僕にとってはビュヒナーのブランデンブルグ協奏曲はVHDしかなく、ほどなくして「ウィーン」もなくなってしまったため、見ようにも見られなくなってしまった。そのうち仕事も忙しくなってしばらく忘れていたのだが、先日偶然DVDでも発売されているのを発見してうれしくなってしまった。

2012年2月26日日曜日

CDレシーバー RCD-N7

学生のときから20年以上愛用してきたオーディオがついに鳴らなくなってしまったので、新しいのに買い替えた。今回買ったのは DENON のCDレシーバー RCD-N7 と、これに合わせて売っているスピーカー SC-N7。2つ合わせて5万円ちょっとなのでそれほど期待していなかったが、家でさっそく組み立てて聴いてみるとすばらしくクリアな音で気に入った。

これまで使っていたのはサンスイのアンプ (AU-α707i)マランツのCDプレーヤー (CD880J)、ロジャースのスピーカー (LS2) で、ヴァイオリンが柔らかく鳴るのを求めてオーディオ屋であれこれ聴き比べて買ったものだ。当時国産のスピーカーはキンキン鳴るのが多く、YMOとかを聴くのには良いかもしれないが、弦楽器をしっとり柔らかく鳴らすようなものは、少なくとも僕の聴いた範囲ではほとんどなかった。だからRogersを聴いたときは感激して、これに合わせてCDプレーヤーとアンプを買った。

ところが今ウチは小さい子供が3人いて、これまでにもテレビを壊されたり (テレビから電源ケーブルを引っこ抜かれた)、ビデオデッキを壊されたり (ビデオを入れる口からビー玉とかのガラクタを入れられた)、レコードプレーヤーを壊されたり (アームをがちゃがちゃ引っかき回された)、パン焼き器を壊されたり (ガラクタを入れられ、知らずにパンを焼いてしまってオシャカ)しているので、今回はおとなしくミニコンポみたいなのを買うことにした。いろいろ迷ったあげく、結局DENONのCDレシーバー RCD-N7にした。スピーカーは、初めはこれまで使っていたRogersのLS2と同じブックシェルフ型でQuad Liteあたりを買うつもりだったのだが、店で聴いてみたらRCD-N7と組み合わせて売っているSC-N7でも意外に良い音が出ていたし、デザイン的にも (当たり前だが) ぴったりなのでそのまま買ってしまった。

音に関して言えば、これまで使っていた30万円くらいのシステムよりとクリアに聞こえるし、音もしっかりしていて安っぽくない。この値段とこのサイズでこれだけの音が出るのは正直驚きだ。とは言っても、前のやつはさすがに20年も酷使してへたっていたし、引っ越しや震災などでダメージも受けていたのであまり比較にならないかもしれないが。ネットで検索してレビューなどを見ると、それなりに高評価なようだ。What HiFiでも5つ星を得ている。

2012年2月19日日曜日

消費天国

円高・ユーロ安で、欧州からの輸入食品が安い。

今日もディチェコのスパゲッティーニ(500g)が184円だったので4袋買って帰ってきた。4袋とは中途半端だが、あんまりたくさん買うと重いのでこれくらいにしておいた。ほかにもチーズ、ワイン、オリーブオイルなど、どれもけっこう安くなっている。うちは5人家族で消費量も多いので、どうせ買うなら安いときにたくさん買っておいたほうが経済的だし、買い物の回数も減って良い。ただネットだとさらに安いところもあるようだから、本当はネットで買うのが良いのかもしれない。

それにしても、ここ10〜20年くらいで輸入品に限らずモノは本当にどれもこれも安くなった。10年前の感覚でいると、買い物するときあまりの安さにびっくりすることが多い。たとえば20年前の学生時代、自転車を買うのに4〜5万円くらいした記憶があるが、今なら普通に1〜2万円くらいからある。もちろん新品で、モノだって悪くない。デジカメやプリンタ、ディスプレイなんかも1万円をきってるのがザラにあるし、ユニクロの服だって1万円で3着くらい買える。ほかにもマクドナルドの100円ハンバーガーとか、レンタルDVDやビデオも7泊8日で100円〜200円などもある。昔は安いものは安かろう悪かろうというのが当たり前だったが、今は安くてもたいていモノはまともだし、デザインだって悪くない。

あとは家。賃貸の家賃はあまり変わっていないような気もするが、戸建てやマンションはすごく安くなっている。新聞折り込みのチラシを見ていると、最近では仙台でも中古で1000万円をきるマンションなんかいくらでもある。それもワンルームとかじゃなくて、3DKとかの家族が普通に住める家だ。築年数は20年とかの古い家が多いが、いまどきのマンションは20年くらい何でもないだろう。15年前に2,500万円くらいで売っていた分譲マンションが半値くらいになっているのを見ると、家は買うもんじゃないと思う。

一方、本なんかは逆に高くなったが、その代わりに公共図書館の充実ぶりはかつての比じゃない。仙台市の図書館は書籍だけでなくVHS/DVDも借りられる。流行りの新作とかは無理だが、そこはTSUTAYAでも利用すればいい。市立図書館のほうは過去の名作とかドキュメンタリー、教育ものとかはけっこう充実していて当然無料だ。さらにDVDは無理だが書籍ならネットで検索して予約できる。貸し出しの準備ができればメールで通知してくれるので、そこで初めて図書館に行けば良い。貸出状況や予約状況もネットで見れるので、他の人に借り出されているときでも何人待ちかがわかる。最近は読みたい本があるとまずネットで図書館を調べ、そこでなければアマゾンで買うというのが半ば習慣化してきた。

というわけで、普段はあまり意識しないが、今の日本は消費天国だと思う。モノは安く、品質もデザインも優れていて、店員の態度やサービスは丁寧かつ確実だ(こんな国はほとんどない)。

2012年2月17日金曜日

大雪

またもや大雪。今年は本当によく降る。先日の大雪のときは重いぼたん雪でべっちゃりしていたが、今日のは軽い粉雪でフワフワ・サクサクだ。口でフッと吹くと、綿毛のように飛び散っていく。

これはウチのマンションからの景色。階段の踊り場にある斜め格子の窓から向かいの公園を撮った写真。早朝なので、まだ足跡一つない処女地になっている。

Yahoo!とかを見ると「日本海側で大雪。暴風雪に警戒」みたいな記事がトップページに出ているが、ここのところ同じような記事をしょっちゅう見ている気がする。仙台でこんなに降るんだから、日本海側の豪雪地帯はとんでもないことになってそうだ。

2012年2月13日月曜日

映像の世紀

小学5年の子供が地理と歴史をあまりに知らないので(パリがどの国の首都かも知らなかった!)、図書館から借りてきたのがこのDVD。僕は前に一度見たことがあるのだが、面白かったのでまた借りてきた。

「映像の世紀」とはすなわち20世紀のことであり、1900年のパリ万博からのフィルム映像が残っている。1900年というと帝国主義真っ盛り。大英帝国はヴィクトリア女王、ドイツは皇帝ウィルヘルム2世、オーストリア=ハンガリー帝国はフランツ・ヨーゼフ1世、ロシア・ロマノフ王朝はニコライ2世が覇を競っていた。いずれも数百年続いたこれらの王朝が、それからわずか20年かそこらで大英帝国を除いてことごとく崩壊してしまうわけだが、後の悲劇を知っている立場から、映像を通して実際に生存していた人たちの姿を見ているとなんとも不思議な気分になる。

2012年2月10日金曜日

軽井沢

昨日、東京への日帰り出張でひどい目に遭った。

朝8時頃仙台駅に着くと、上りの新幹線が止まっていた。改札口は人だかりがしていて、テレビ局らしき人が撮影している。再開のアナウンスもないので今日はダメかと思っていたら、8時半くらいに急に運転再開。無茶苦茶に混んでるのではと思っておそるおそる乗り込んだが、意外なことに中はガラガラだった。その後は駅での停車時間が若干長かったりしたが、特にトラブルも無く予定から1時間半遅れくらいで東京に着いた。後から知ったが、白石蔵王駅でのポイント故障だったらしい。

ところがこの日はこれで終わりではなかった。仕事を終えて、今度は夕方5時半ごろに東京駅から下りの新幹線に乗り込んだ。しばらくしてプラットフォームにずいぶん雪が積もっている駅に着いたので、そろそろ福島あたりかなと思って外を見ると、なんと軽井沢と書いてある。間違って東北新幹線でなく長野新幹線に乗ってしまったらしい。荷物をひったくるように取って、慌てて列車から飛び降りる。

これは今日中に仙台に帰れないかもと思ったが、スマフォの乗換案内で調べてみると軽井沢というのは案外近く、大宮からわずか45分だ。まだ6時半だったから余裕で帰れることが判明し、ひとまず胸をなでおろす。10分ほどで反対側の東京行きが来たのでこれに乗って大宮まで引き返し、そこからまた東北新幹線で仙台まで帰ってきた。東京と軽井沢の日帰り出張という思いがけない大旅行になってしまったが、仙台駅着は9時過ぎと意外に早かった。

乗り間違えた原因はもちろん、ろくに確認もせずに乗り込んだ不注意にあるが、朝のポイント故障による列車の遅れの影響が夕方まで残っていて駅の発車案内の掲示が混乱していたせいでもある。発車時刻は過ぎているのに出発してない列車が掲示されつづけているため感覚が狂ってしまった。ともあれ、その日のうちに無事に帰ってこれてよかった。あのときたまたま雪が目に入ったから駅名を確認したが、そのまま知らずに長野まで行っていたらと思うとぞっとする(調べてみると、それでも一応、その日のうちに仙台まで帰って来れるみたいだが)。

というわけで、高校生のときに旅行に行って以来30年ぶりに長野県に行ったので、記念に1枚写真を撮ってきた。

2012年2月8日水曜日

放射線医が語る被ばくと発がんの真実

放射線医が語る被ばくと発がんの真実 』を読む。ちょっとネットで検索すると、著者は一部でトンデモ学者だとか御用学者とか呼ばれているらしいが、それこそトンデモない話だ。問答無用で「放射能はとにかく危険」みたいな思い込みで、自分の信じたい情報だけ信じるのは危険極まりない。まあ20年もすれば、今回の福島原発事故の影響でどれくらいガンや死亡率が増えたかわかるはずだし、そのときには誰がトンデモで誰がまともかわかるだろう。

2012年2月7日火曜日

サーモスの携帯マグ

サーモスの携帯マグを使って1週間になるが、すごく快適だ。毎日350mlのマグにコーヒーを入れて会社に持っていっている。こんなやつだ。



何がいいかと言うと、まず職場で缶コーヒーを買わなくなったので1日100円節約できる。1ヶ月で2,000円、1年で24,000円だ。僕の買ったTHERMOS 真空断熱ケータイマグ 0.35L JMZ-350 PはAmazonでは半額の1,500円くらいなので、3週間で元が取れることになる。

それから、缶コーヒーは甘ったるくて後味が悪いのに対し、携帯マグには自分で淹れたコーヒーを入れてるのでブラックで快適に飲める。保温性も思ったよりも良くて、午前中は熱いくらいのコーヒーが飲めるし、その後もぬるくはなるが、午後いっぱい温かさは保つ。味もほとんど劣化しない。コーヒーはどうせ毎朝淹れて飲んでいるので、会社に持っていくと言っても手間が増えるわけではなく、少し多めに作ってマグに詰めるだけだ。

携帯マグで熱いコーヒーを飲むコツとしては、コーヒーを入れる前に熱湯でマグ自体を温めておくとよい。コーヒーを淹れるために沸かしたお湯を先にマグに注いで蓋をし、その後ゆっくりコーヒーを淹れる。淹れ終わったらマグの湯を捨て、換わりに淹れたてのコーヒーを入れる。こうすると、朝7時に入れたコーヒーを会社で10時頃飲んでも、熱いくらいのコーヒーが飲める。

2012年2月4日土曜日

シュリーマン旅行記 清国・日本

今日も雪。毎日寒い寒い。

『シュリーマン旅行記 清国・日本』を読んだ。読み始めてからほどなく、もうすぐ北京に着くというところで、次のようなくだりが出てくる。

「城壁に着くまでは町の姿がまるで見えなかった。城壁は威圧的で壮大である。周囲52キロメートル、場所によっては高さ16〜23メートル、基部で幅20メートル、頂上部分では16メートルある。ヨーロッパ風の馬車なら8台並んで通ることができるだろう。100メートルごとに20メートル四方の稜堡がある。5階建て、広さ67平方メートル、高さ67メートルの大城門が9箇所あり、どの城門も各々同じ大きさのもう一つの門によって守られている。」

これが本当なら、北京の城壁は長城ほどではないにしろ、途方もない巨大建造物だ。もう少し先まで読むと出てくるが、城壁は全長52キロメートルに及ぶという。ところが北京には10回近く行っているが、不思議なことに城壁のかけらも見たことがない。これはどういうことだろう。

と思って調べてみると、城壁は新中国成立後しばらくして毛沢東によって完全に撤去、というか破壊されたようだ。この時代の中国は文革だけでなく、多方面にわたって途方もない規模で文化破壊がなされたらしい。これはとんでもない暴挙で、現代版の焚書坑儒だ。

城壁の破壊は中国では未だタブーであるらしい。検索で見つけたこちらのページは、そのへんの事情も含めて北京の城壁の歴史を解説していて大変勉強になった。文中で紹介されている以下のYoutubeの動画も必見。それにしても、惜しいことをしたものだ。

2012年2月2日木曜日

大雪

今日は大雪。子供の自転車に雪がこんなに積もった。

2012年1月31日火曜日

Macbook Air

Macbook Airを買って本当に久しぶりにMacユーザーに戻った。最後に使ってたのがOS 8だから、実に10年ぶりくらいになる。

改めて使い始めてみると、美しい画面描画もさることながら、一見Windowsと変わらないようなマウスやキーボードの微妙な操作感が隅々までしっくり来る感じですごくいい。今ではXcodeのような開発環境は無料だし、ブラウザとメーラーがあればたいていのことはネット上の無料のサービスで事足りるので、昔みたいに会社でWindowsを使い、家でMacを使うために別途いろいろソフトウェアを買いそろえる必要もない。だからMacにまた乗り換えることに決めた。

iPad、Mac、と来たので、次は iPhoneかな。

2012年1月29日日曜日

ダイニングテーブル

昨日、冬休みに福岡で買った食卓が届いた。組み立て式ではないので大きい。玄関と居間の間口がぎりぎり、廊下の曲がり角もぎりぎりで曲がれるかどうか。運送屋さんは「たぶん入らないですよ」と言っていたが、梱包も外して少しくらい傷ついてもいいから入れてと無理やりお願いした。

傷つくのはさすがに業務上まずいらしく渋っていたが、最終的にはとにかくやってみることに。玄関のチェーンの留め金を外し、居間のドアを外したら、結局ぎりぎりで入った。

夕食は新しいテーブルで。丸テーブルなので家族5人で輪っかになって食べると雰囲気がいい。革張りのイスも座り心地が良くて気に入った。

というわけで、本当はMacbook Airと無線LANルータも買ったのだが、梱包も解かずに終わった。

2012年1月9日月曜日

時間のムダ

スマートフォンを最初に買ったときは、インターネットはあまり使わないかもと思って、ネット通信の上限金額は高めだがパケット使用量に応じた従量課金の料金コースに申し込んだ。しかし震災後、地下鉄が止まって代替輸送のバスで通勤するようになってから、異常に延びた通勤時間中にスマートフォンでメールやブログ、ツイッターをチェックするようになり、地下鉄が復旧したあとも空いた時間にスマフォを使うのが習慣になってしまった

そういうわけで毎月通信料金が上限に張りついていたので、より安い完全定額の料金コースに切り替えることにした。調べてみるとWeb上で手続きできるとのことだったので、auのサポート画面にログインしてやってみたのだが、「auパスワード」というのがわからなくて行き詰ってしまった。しょうがないので電話でauに問い合わせてパスワードを郵送で送ってもらうことにしたのだが、その後家の中を整理していたら契約時の書類が出てきてパスワードがあっさり判明した。それと同時に、前にもauパスワードが必要になったことがあって、そのときにもパスワードを郵送してもらったことも思い出した。まったく何をやってるんだか。そもそもパスワードを約書類に書くときにうっかり書き間違えてしまったのが原因で、前回も今回も覚えてるつもりの番号を入力してもはじかれてしまい、結局問い合わせることになったのだった。まさに時間のムダ。

2012年1月1日日曜日

お年玉

8時半くらいに起きておせち料理と雑煮の朝食。

子供らのお年玉袋に冗談で「スカ」と書いた紙を入れて渡したら大ウケした。後から本物のお年玉も渡したが。今年は小5、小2、3歳の3人にそれぞれ3千円、2千円、100円。

あとは一日中買ったばかりのiPad2で遊ぶ。しかし、iPadは情報を気軽にブラウズするには快適だが、何か本格的にやろうとするといちいち細かいところでできないことがある。