2012年3月11日日曜日

震災1年

新聞を開いてみると、案の定お約束どおりの震災記事ばかり。立場上やらざるを得ないのだろうが、見なくても中身がわかってるニュースって何の意味があるんだろう。

このところ仙台の街中はどこも大繁盛だ。週末の昼どきに食事に出かけると、レストランはどこも行列だらけ。聞くところによると、駅近くの店は軒並み過去最高の売り上げらしい。復興バブルでホテルは出張客で満員、国分町の飲み屋も人であふれ返り、高級外車やイタリア製の高級鞄が売れているとウォールストリートジャーナルにまで書かれている (記事はこちら)。復興という名目がつけば国の予算がつくので、あちこちで便乗プロジェクトが立ち上がっているような話も聞く。

うちもそうだが、仙台市内でも大した被害を受けなかったところも多い。今回一番の被害をもたらしたのは津波だが、当たり前のことだが津波が来ないところには津波の被害はない。もちろん港が使えなくなって物流が止まるとか、間接的な被害はあるが、直接的には何もない。津波以外では、局所的に地盤が弱いところで家が傾いたり損壊したところがあったが、そうでもなければ家財道具が壊れた程度の被害しかなかったところが大半だろう。復興支援も結構だが、本当に支援が必要な人や事業だけを支援すればいい。下手にバラマキをやると結局政治力の強いところにカネが流れ、逆に必要なところにお金が行かなくなる。

報道によると、土木や建設は人手不足なのになかなか人が集まらず、一方で失業率は高止まりしているらしい。わざわざ大変な仕事をするより手厚い失業保険で暮らしているほうがいいという。それに求人のある仕事の多くは一過性のもので、復興景気が終わればその先はなく、昇進とかスキルアップとは無縁だ。となれば、あせってそんな仕事に就くよりも、先の見通しのある仕事をじっくり探すほういいとなるのも無理はない。しかし地元周辺の失業者さえ呼び込めない復興って何なんだろう。

これは人口流出や過疎化に悩む地方都市なども同じで、いろんなイベントや宣伝をしたり、ハード面を整備したりするのも結構だが、そもそも自分たちの子供が東京などの大都市でサラリーマンしていて戻ってくる気がないから寂れているのだ。自分の身内でさえ逃げ出していくようなところに、よそから人を呼び込むなんてどだい無理な話だろう。よほど方向性が見えているのならともかく、そんなところに自治体がカネを出してもうまくいくとは到底思えない。

上の写真は去年の3月11日、地震後に2時間ほど歩いて家に帰ってきた直後に撮った写真。本棚が崩れて廊下が通れなくなっている。家の中はこんな感じでぐちゃぐちゃだったし、電気・ガス・水道すべて止まり、地下鉄も不通、ガソリン不足で車も使えず、1週間ほどは食べ物を確保するのも大変な状況だった。それでも電気は数日で復旧し、その他も数週間〜3ヶ月くらいでほぼすべて使えるようになり、家も片付けてみれば被害は壊れた家財道具と家電品程度。会社は休日扱いで休めたので、給料も変わらなかった。仕事は遅れたが、「震災で」と言うとそれならしょうがない、ということで問題なし。逆に電気もガスもなく、どこにも行けずに家族全員朝から晩まで顔をつき合わせて暮らした数日間が、今となってはすごく貴重な時間に思える。よほどのことがない限り2度とそんな機会はないだろう。