『シュリーマン旅行記 清国・日本』
「城壁に着くまでは町の姿がまるで見えなかった。城壁は威圧的で壮大である。周囲52キロメートル、場所によっては高さ16〜23メートル、基部で幅20メートル、頂上部分では16メートルある。ヨーロッパ風の馬車なら8台並んで通ることができるだろう。100メートルごとに20メートル四方の稜堡がある。5階建て、広さ67平方メートル、高さ67メートルの大城門が9箇所あり、どの城門も各々同じ大きさのもう一つの門によって守られている。」
これが本当なら、北京の城壁は長城ほどではないにしろ、途方もない巨大建造物だ。もう少し先まで読むと出てくるが、城壁は全長52キロメートルに及ぶという。ところが北京には10回近く行っているが、不思議なことに城壁のかけらも見たことがない。これはどういうことだろう。
と思って調べてみると、城壁は新中国成立後しばらくして毛沢東によって完全に撤去、というか破壊されたようだ。この時代の中国は文革だけでなく、多方面にわたって途方もない規模で文化破壊がなされたらしい。これはとんでもない暴挙で、現代版の焚書坑儒だ。
城壁の破壊は中国では未だタブーであるらしい。検索で見つけたこちらのページは、そのへんの事情も含めて北京の城壁の歴史を解説していて大変勉強になった。文中で紹介されている以下のYoutubeの動画も必見。それにしても、惜しいことをしたものだ。